ニュース

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

河瀨 直美(かわせ なおみ、1969年5月30日 - )は、日本の映画監督。奈良県出身・在住。平城遷都1300年記念事業協会評議員。なら国際映画祭エグゼクティブディレクターを務める。 メディア等では河瀬 直美とも表記される。 奈良県奈良市紀寺町出身。身長167cm。奈良市立一条高等学校卒業。中学時代
20キロバイト (2,501 語) - 2022年5月28日 (土) 00:47

1 muffin ★ :2022/05/25(水) 22:11:14.51

https://bunshun.jp/articles/-/54607

映画監督の河瀬直美氏(52)が、自身が代表を務める映像制作会社「組画」のスタッフに暴行し、スタッフが同社を退職していたことが「週刊文春」の取材でわかった。

河瀬監督は2007年、「殯の森」でカンヌ国際映画祭において最高賞に次ぐグランプリに輝いた。東京五輪公式記録映画の総監督も務め、2部作で構成される1本目の「東京2020 SIDE:A」はカンヌ国際映画祭のクラシック部門に選出された。さらに2025年開催予定の大阪・関西万博のプロデューサーに就任するなど、日本を代表する映画監督のひとりである。

小誌は今年4月28日発売号で、2019年5月に映画「朝が来る」の撮影現場での河瀬監督の暴行を報じている。カメラを回していた河瀬監督は、撮影助手に触れられたことに激怒し、助手を蹴り上げた。その後、撮影監督がチームごと降板した。

河瀬監督はこの件について、「週刊文春」の取材に「3年前に既に、当事者間、および河瀬組内において解決をしていることでございます」と回答。小誌報道後は「防御として、アシスタントの足元に自らの足で抵抗しました」と組画の公式サイトで説明した。

新たにわかった河瀬監督の暴行は、2015年10月下旬、組画の事務所内で起きた。複数の事務所関係者の証言によると、経緯は次の通りだ。

河瀬監督は奈良市内の雑居ビル2Fにある組画のオフィスで、男性職員Aさんの到着を待っていた。Aさんが部屋に足を踏み入れた瞬間、河瀬監督は彼に向かって真っすぐ歩いてゆく。そして固く拳を握り、いきなり顔面を殴りつけたのだ。

Aさんはその場に崩れ落ちたが、なおも河瀬監督は暴行をやめようとしない。Aさんはなだめながら逃げ回るが、河瀬監督はオフィスの中を執拗に追いかけ続けた。

「居合わせた数人の職員は恐怖のあまり、別のフロアに逃げ出しました。しばらくして戻ると、抵抗せずに一方的に殴られたAさんの顔は腫れ上がっていたそうです」(事務所関係者)

Aさんは荷物をまとめオフィスを去ると、そのまま退職した。Aさんに話を聞くと、「河瀬さんに殴られたのは事実です」と認めたが、「過去のことで、公に語るような内容ではありません」と口を閉ざした。

河瀬監督に事務所を通し、暴行の事実関係について質問したが、締め切りまでに回答はなかった。

全文はソースをご覧ください


(出典 i.imgur.com)


★1:2022/05/25(水) 17:20:11.90
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1653466811/


【【文春】「拳で顔面を殴打」河瀬直美監督が事務所の男性スタッフに暴行】の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

高岡 蒼佑(たかおか そうすけ、1982年〈昭和57年〉2月8日 - )は、日本の元俳優。東京都出身。血液型B型。身長175cm。 東京で生まれ、中学の頃に千葉県に引っ越した。中学3年までを千葉で過ごす。千葉県内の鴨川第一高等学校に入学後すぐに中退。中退後、1ヶ月間アメリカでホームステイをした。
36キロバイト (4,496 語) - 2022年5月8日 (日) 13:39

1 鉄チーズ烏 ★ :2022/05/12(木) 06:30:44.91

2022年05月12日 05時15分
https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/4186262/

(出典 img.tokyo-sports.co.jp)


〝伝説の武闘派〟がリングに降臨! 2年前に俳優業引退を表明し、表舞台から姿を消していた元俳優の高岡蒼佑(40)が、6月にキックボクシングルールでの格闘技戦に挑むことが分かった。なぜ今、格闘技に挑戦するのか? 別れを告げた芸能界への復帰はあるのか? 再始動した高岡が長い沈黙を破って、現在の心境を激白した。

 映画「パッチギ!」や「クローズZERO」などで高岡が繰り広げた、迫力満点の格闘シーンがよみがえった。

 高岡は11日、大阪市内のジムに、格闘技興行を主宰する一般社団法人・競拳インターナショナルの若野康玄代表や榎並信也後援会会長を訪ね、その場でミット打ちから、〝人生初〟というスパーリングに挑戦。パンチやキックの鋭さ、負けん気の強さ、真剣さに若野氏らは目を細め、6月12日に大阪・堺市産業振興センターで行われる「競拳21」で、メインイベントでのデビューが決定した。

 高岡といえば、実力派俳優としてスター街道を歩んでいたが、2011年にフジテレビの韓流偏重を批判し、事務所を退所し、同年に女優・宮崎あおいとも離婚。芸能界では、すっかりトラブルメーカー扱いされ、20年には「気力の限界」と俳優業を引退していた。

 その後、京都に移り住み、ゴミ収集作業や居酒屋勤務などのかたわら、アパレルのブランドを立ち上げるなど第2の人生を歩んでいた中、知人から「格闘技に挑戦してみないか」と思わぬラブコールを受けた。

 当初は乗り気でなかったというが、高岡は「元気のない時代じゃないですか。40歳で頑張っている姿を見せられれば」と一念発起したという。

 俳優時代は不良役でのケンカシーンが多く、プライベートでの武勇伝も語り継がれた。

 ただ高岡は「映画は殺陣を覚えて、右行って、左、後ろ、前とダンスみたいなもの。強い強くない、ではない。ケガをするので、アドリブもほとんどなかった。16歳の時、ボクシングジムに何か月か通っていたくらいで、格闘技はド素人みたいなもの」という。

〝武闘派〟〝芸能界最強〟というイメージは作られた幻想でしかないというが、その体幹の強さやパンチやキックの筋は、スパーリングを見守っていた多くの経験者をうならせた。

 気になるのは格闘技挑戦を経て、俳優業に復帰する可能性があるのかどうかだ。高岡の早過ぎる引退には、今でもその才能を惜しむ声は多い。だが本人は「お芝居は好きだけど、あの世界(芸能界)は全然興味がない」と完全否定した。

「20代にキラキラしていた時もあって、思い出づくりはできた。これからは自分のやりたいことを積み重ねていきたい。格闘技はエネルギッシュで、こんなに刺激があるのは久しぶり。挑戦することに喜んでくれる人がたくさんいるし、恩返し、みそぎもある。勝っても負けてもここからまたスタート。40代を盛り上げていくためのエンジンをかけたい」と今は格闘技に全力を注ぐという。

 一方で高岡は、芸能界を震撼させているガーシーこと東谷義和氏の話題にも触れた。東谷氏と面識はないというが、「ガーシーさんの言っていることは間違っていない。俺も山盛り宝箱ありますよ。干されてからの10年間黙っていた。一切忖度しませんよ。けど、しゃべりませんけどね」と不敵な笑みを浮かべた。

 近くユーチューブチャンネルを開設し、6月の格闘技デビューに向け、発信も行っていく予定。何をしで*か分からない〝爆弾男〟が雌伏の時を経て、リングという華やかな大舞台へと帰ってくる。
   
☆たかおか・そうすけ 1982年2月8日生まれ。東京都出身。99年にテレビ朝日系のドラマ「天国のKiss」で俳優デビュー。映画「パッチギ!」、「クローズZERO」、TBS系ドラマ「ROOKIES」など数多くの作品で脚光を浴びる。2007年に女優の宮崎あおいと結婚。11年にフジテレビの「韓流偏重」を訴え、騒動に発展。同年、宮崎と離婚した。20年に俳優業引退を表明。176センチ、65キロ。B型。


【【独自】元俳優・高岡蒼佑が6月キックボクシングデビュー! 芸能界に未練は…】の続きを読む

このページのトップヘ